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No.97 教育は国家百年の計(薩摩の御中教育)

NHKの大河ドラマで薩摩の「篤姫」が放映されており、西郷隆盛・大久保利通等の明治の元勲達の活躍を目にすることができる。当時の薩摩における少年たちの教育に「郷中教育」がある。

一.負けるな

 ・いやな事、やりたくない事に 負けるな
 ・つらい事、苦しいことに負けるな
 ・人のさそいに負けるな

二.弱いものを苛めるな

 ・体の事を苛めるな
 ・出来ない事を苛めるな 
  ・違った事を苛めるな
 ・よってたかって苛めるな

三.ウソをつくな

  ・した事をしないとウソをつくな
  ・出来ない事を出来るとウソをつくな
  ・人を喜ばせようとウソをつくな
  ・人のせいにするウソをつくな


明治時代に、こんな話が残っている。イギリスのジョージ五世の戴冠式に明治天皇の代理で出席した乃木大将は、イギリス各地でボーイスカウトがすばらしい活動をしているのを目の当たりにして、戴冠式に同席していたイギリスの将軍に尋ねた。「あのようなすばらしい青少年の組織をどうやって作ったのですか?」イギリスの将軍は、笑いながら答えた。「あなたの国、日本の郷中教育を真似しただけですよ」。乃木将軍はその場は平静を装い、後刻調べた結果、次のことが分かった。

生麦事件でイギリス人が殺害されイギリスと薩摩の戦争になったが、薩摩は市街の多くを焼かれたといっても、英軍は指揮官と副官を失い逃走した。戦争は引き分けといっても英軍は指揮官を失い逃げたのだから薩摩藩の勝ちといってもよいのだが大久保利通が率いる薩摩軍がしたことは、生麦事件の賠償金を払い、頭を下げて英国の優れた武力を学びたいと願いでたことで、英軍はすっかり薩摩びいきになり、意気揚々と本国に帰ったのである。

ところが、生麦事件の賠償金は既に江戸幕府が払っており、二重取りしたことがタイムズ紙に大きく暴かれ、大問題になった。ここで、英国人が日本に関心を持つようになり、じっと日本を観察しはじめたが、どうしても理解できないことがあった。西郷隆盛や大久保利通といった優れた人物が、薩摩藩から多数出現して明治政府を作ったこと(西南戦争までは軍人や役人は薩摩藩出身者が大多数を占めていた)と、大山巌、東郷平八郎といった無数の優れた軍人が、なぜ出現したのかということである。

イギリスは必死で研究して、薩摩藩には秀吉の時代から続いている
「郷中教育」と呼ばれる教育制度があったことに着目した。すると、西郷隆盛も、大久保利通も、大山巌も東郷平八郎も、この教育からうまれたことが分かった。当時一等国であったイギリスは「郷中教育」を研究して、ボーイスカウトの制度を創立した。同時に、日本国内では無理だろうと思われた日英同盟にも、イギリスは日本を尊敬していたので、快く応じた。そして、イギリス政府は日露戦争時に、植民地に寄港するバルチック艦隊に対して、非協力な態度を取った。その後も、ロシアとの交渉で、裏から日本を援助したのである。

日本の長い歴史の中で、明治期の薩摩ほど多くの優れた人物を生んだ例は極めて少ない。代々藩主が優秀であったことも事実である。イギリス人が結論付けたように、その根底には教育制度、しかも、優れた制度があったからである。大山巌元帥が日露戦争において総司令官として勝利し、日本を一等国にしたのも、この教育方針があったからと云っても過言ではない。

「負けるな、弱いものいじめをするな、嘘をつくな」・・・これらの言葉は、今の社会に、最も必要である。誰が言っていた。「何かトラブルがあっても、適当にあしらっておけ、そして適当にあやまっておけばよい。弱い者は徹底的にいじめて、取れるものは何でも取ってしまえ!」これが現実だ。西郷隆盛と大久保利通という薩摩の偉大な指導者の後、長州出身者が活躍・活動し、伊藤博文が西欧の真似をして、明治憲法を制定した。

今の教育にこそ
会津藩の「什の誓い」や
薩摩藩の「郷中教育」が
必要ではないか。
教育は「国家百年の計」
未来の日本の為に!